自分自身の考え方、思い、人となりを正しく理解してもらう為、能力のひとつにいわゆる”社会人力”というものがあります。会社で働くだけに限定された能力ではなく、社会 ー集まって生活を営む集団、地域ー で協働して生きていくために重要な要素と言えます。

社会人力として求められる3つの能力

 人は1人では人にはなれず、生きていくことはできないと思っています。しかし、人には相性もありますし、できる限り皆と協力して、良好な関係を築いて進んでいきたいものですが、いかんせん”合わない人とは合わない”ことは誰もが体験したことのあることだと思います。また誰とでもうまくやろうと思うから人間関係がしんどくなってしまうし、自分の欲が先行し過ぎるから、周りから人が離れ孤立したように感じることもあると思います。

2:7:1の法則

他者との関係において、2:7:1の法則というのがあります。

例えば、10人の人があなたの周りにいて、そのうち2人の人とは何をしても馬が合う。フィーリングが合う人がいます。7人の人とは、その時の条件や状況次第で合ったり、合わなかったりする関係性の人がいます。残りの1人はどうしても苦手だったり、合わなかったりする人がいるという法則です。

しかし、日々私たちは何故かその1人の人との関係性を重要視してしまったり、たった1人だけの意見に自分の心を乱されてしまうことが多々あります。

何故でしょうか?

誰からも嫌われたくない

誰しもが人から敵意を向けられたり、嫌われたり、悪口を言われたりして良い気分はしません。誰からも嫌われたくないとついつい思ってしまいますが、”2:7:1の法則”が正しいと仮定すれば、それは不可能な課題だということになります。

「嫌われたくない」=不可能 かもしれませんが、少し捉え方を変えて 「誰からも好かれたい」というのはどうでしょう?

「好かれたい」という考え方は「嫌われたくない」よりはまだ建設的な考え方の様な感じで不可能とまでは言えませんが、それもなかなか難しい課題かなと思われます。

それはなぜか?

”相手次第だから”

ゲッティング思考⇨ギブ思考

好かれたい! 嫌われたくない!は、人から何かを求めるゲッティング思考。それよりも自ら何かを無条件に与える側の”貢献❞といわれるギブ思考が健康的(幸福)な思考パターンと言われています。

しかし、注意が必要なのが、「自らが与えることで、何かを受けようとする」する”支配構造”になっている場合です。

あくまで”2:7:1の法則”を前提に話をするとして、あまり相手次第のことに関与しすぎるのは、自分にとっても、1にあたる相手にとっても良いことではないと思います。結局のとこ ”争い合うことになり”お互いかどちらかが傷つくことになる可能性が高いからです。

だって、「嫌う人は何をしても嫌う」のだから、1の人に固執するよりも、7の人との関係性を考えたほうがよっぽど健康的な考え方だと思います。

相手を無理に”嫌う”必要も無理に好かれようと主張を抑えたりして”同調”していくことはあまり健全ではないのかなと思います。それはただの結果に過ぎず、その結果を”動機”としてする行動自体が健康とは言えないのではないかなと私は思います。

 

顔見知りのご近所さん

嫌う人はどこにでもいるわけで、その土俵に引きずりこもうとする行動にも左右されず、無理に好かれようともせず、嫌われようともせず、会った時に軽く挨拶や会釈をする程度の関係でいいんじゃないかと思っています。

誤解を招きたくはないのですが、自分は自分だから好き勝手をやったらいいという意味ではないということはお断りしておきます。あくまで皆1つの共同体として、協力して生きています。

 

まとめ

・何をしても自分を嫌う人はいるから、適度な距離感を保っておいたほうがよい

・自己中心的な行動は、健全ではない

・1人→7人に目を向ける

・必要なことは、自らを客観視をし、自己理解に努めること

・無自覚的に相手を刺激しているコミュニケーション方法のクセに気をつける