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日々の生活で窮屈な感情を抱くことはないでしょうか?

科学技術の進歩し、生活様式も大きく変わりました。日々の生活は非常に便利になり、産業構造も変化しています。農耕文化から、都市型でデスクワーク労働の座位中心の偏った生活となっています。

便利になった反面、失った物や別の課題が発生しています。その代表が「心身症」と言われる「身体」と「心」の相関関係です。

現代社会は「脳疲労社会」とも呼ばれています。

疲れたら回復する為に休息を取りますが、心身の使い方が変わっているのに、休息のとり方は昔と変わってはいません。

例えば、

  • ひたすら寝る
  • マッサージを受ける
  • 自然に囲まれてリフレッシュ

肉体の使い方が変わったのに、休息方法が変わっていないことに違和感を感じるのは私だけでしょうか?

そこで今回は、世界基準の健康の考え方について解説していきます。


健康の定義

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

( 1998,世界WHO )

健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、身体的にも、精神的にも、社会的にも、そして宗教的にもすべてが満たされた状態にあることである

(※実は上記のは、正確には現在も提案され続けている定義です。スピリチュアルな観点は、人間の尊厳の確保や生活の質を考えるために本質的なものですので、本記事ではこれを定義として用います。)

  • 身体的
  • 精神的
  • 社会的

これら3つの健康というのはイメージはしやすいと思います。

しかし、「宗教的」な健康というのはあまり馴染みがありません。また「宗教的」という言葉だけでアレルギーのように一気に怪しく感じる方もおられるのではないでしょうか?

ここで「宗教性/スピリチュアリティ」という言葉は、世間一般で使用されている「宗教」の意味とは異なります。

現代の「ストレスマネージメント」で重要視されているのは、【社会的】【宗教的】な面の健康です。

(※Dynamicについては、「健康と疾病は別個のものではなく連続したものである」という意味づけの発言がWHO理事会でなされていた様子です)

肉体的

一般的なイメージ通りの「私たち物質的な肉体」のことです。この肉体に何らかの病気や不調がない状態のことを「健康」と指します。

精神的

主に熱い寒いや騒がしいなどの「五感」に関して不調の状態にないということです。

社会的

自分が属する社会環境(家庭、地域の集団、仕事関係など)の範囲内の「人間関係」のことです。

  • 人つき合いが悪い
  • 両親とうまくいっていない
  • 仲間はずれにされている
  • いじめられている

現代では「バーチャル」と「リアル」の境界が曖昧になっています。

以前よりも広い範囲(インターネット世界も含めた)での社会的健康度というものが考慮される必要性があります。

また「バーチャル」は「リアル」よりも恐ろしい場合があります。しかし、逆に自分の居場所を広い範囲で見つけることもできるようになっているのは個人的には善いことだと考えています。バーチャルでもリアルでも、「その人が関わっている社会である」という点には変わりはありません。

宗教的

宗教」とは、辞書的には以下のように記載されています。

心の空洞を癒すものとして、必要な時に常に頼れる絶対者を求める根源的・精神的な営みのこと。

またその必要性を求める意義を説く教えである。

もっと簡潔にまとめると、

  • 自分が如何にして「存在」しているのか?
  • 何故に今此処に「存在」しているのか?

宗教的な健康とは、この「自己の出自」に対してしっかりとした自己認識を得ていることになります。「自己肯定感」が満たされているかどうかであるとも考えられます。

この「自己肯定感」は、その人らしさの指標である「QOL」に大きな影響を与えます。まとめると、「自分の存在に、自分自身でOKと言えるかどうか」ということです。

健康でない=病気は正しいのか?

西洋医学の医学検査においては、「健康」は以下のように考えられます。

  • 健康:肉体に異常が見られない状態
  • 病気:肉体に異常が見られる状態

また患者がどれだけ不調を訴えても、検査結果に異常がなければ治療の必要はないと診断されます。ここに「肉体」だけを医学の対象とする唯物医学の「健康観」「病気観」が端的に示されています

現代医学による健康観の矛盾

もしも現代医学の健康観に従うと、どんな人間も、「健康」もしくは「病気」のいずれかということになります。また「病気」を悪とみなし、治療していくという考え方となります。

しかし、西洋医学での「健康ではない=病気」では対応しきれない数々の病がでてきます。

に「病気ではない=健康」は正しいと言えるでしょうか?

ここに西洋医学における「健康観」の矛盾があります。

西洋医学的健康観では対応できない病気の代表例が「心身症」です。

病気でない人で「健康ではない」と言う人もいれば、「健康」を害するものが客観的にはあっても、「自分は健康だ」と言う人もいます。感じ方、考え方は人それぞれなのです。

私は、「西洋医学が不必要なものである」ということを言っているわけではありません。歴史上で最も人命を救った介入は「衛生学」です。現代でも公衆衛生、救急等において西洋医学は絶対に必須な分野です。

あくまで時代の移ろいとともに概念のズレが生じてきている。このズレの問題をを訴えています。


ヨーガ療法の健康観

YOGA

ヨーガ療法」の目標をまとめると以下のように言われています。

  • 心身機能の調整
  • 完全な心身両面の「セルフコントロール」の体得
  • スピリチュアル」な健康をも総合的に作り出す

ヨーガ療法」がもっている「健康観」は、上記WHOの提言と同様です。

ヨーガ療法」は、「社会的」「宗教的」な健康を積極的に作り出していく手段であり、「理想像」と言われる「究極の目的」も包括した、「究極の健康増進法」です。

人生の「理想型」が示されていることが「ヘルスプロモーション」として「ヨーガ」が特徴的な面です。

(※【セラピスト】が【理想型】を持っておくべき必要性については、以下をご参照下さい)

まとめ

  • 時代を反映した「健康観」が求められている
  • 病気」と「健康」は異なる概念である
  • ヨーガ療法は「究極のヘルスプロモーション
  • 理想型」なき介入は対症的に過ぎない