本記事では、以下を解説していきます。

  • マインドフルネスを実践する7つの心構えについて
  • 自宅でできる方法について

瞑想

マインドフルネスとは

最近[マインドフルネス」という言葉がGOOGLE、ストレス・マネージメントという言葉ともに話題となりました。マインドフルネスはアメリカから持ち込まれた、ストレス低減を目的とした心のエクササイズと捉えられています。

マインドフルネスとは、OM瞑想の代表であるヴィパッサナー瞑想を土台に、人々に受け入れられやすいよう瞑想宗教的要素を省いたものになります。

(※OM瞑想やマインドフルネス、ヨーガの瞑想の違いについては、以下をご参照下さい)

真理探索により、自己を理解し、根本的なストレス対処を学ぶ為には、宗教的要素や瞑想が必要になります。これはヨーガの人間五蔵説においても説明することができます。マインドフルネスは「」という瞬間に判断をつけないように意識的に制御することで、ストレス低減を図るため、人間五蔵説においては、意思鞘次元のアプローチとなります。よって、対症的なアプローチですが、時にはこの介入によって解決する問題もあるということを踏まえると、スタンフォード大学教育学大学院のデニース・ポープ上級講師は、「マインドフルネスは、心の傷に貼る絆創膏」だとうまく例えています。

(※人間五蔵説については、以下をご参照下さい)

しかし、病気の原因は、理智鞘の不全にあります。

理智鞘に介入するには、記憶を含めた自己の認知に対するアプローチが必須になります。

(※ヨーガ的な病気の原因については、以下をご参照下さい)

アメリカでのマインドフルネスの目的は、ストレス低減による、以下の効果が主とされています。

  • 事業の収益化
  • 仕事の効率向上

本来仏教のヴィパッサナー瞑想の目的は、自我をなくすことです。マインドフルネスは上記目的の為の手段と利用されていますが、この用途での使用では、反対に自我を増大させてしまう危険性に気づいていません。技法自体は素晴らしいのですが、目的/理想像を誤っては、全く反対の効果をもたらしてしまう可能性をもっているということがここに示されています。(※理想像となる部分を取り除いているので、当然かもしれません)

マインドフルネスを簡単に説明すると、「今」という瞬間を意識する心のモードということになります。

マインドフルネスの意味とは、

今の瞬間に現実に常に気づきを向け、その現実をあるがままに知覚し、それに対する思考や感情に因われないでいる心の持ち方、存在の有様

私たちは普段外部からの刺激を感知する時には、ほぼ自動的に解釈したり、評価したりする思考が起こり、それと同時に好き嫌いなどの感情を加えて認識しています。しかし、その解釈・評価、感情のほとんどが個人的なバイアスが働き、現実をありのまま知覚することを困難にさせています。

つまり、思考や感情(自己イメージを含む)は、現実や自分そのものではなく、心の中の一過性の出来事に過ぎないのです。しかし、そのような自分と対象との間に思考や感情が割り込んでくる為、対象をあるがままに体験できず、そのことが限りない誤解や苦しみを生む原因になっています。この誤解や苦しみが、人体に悪い影響を及ぼすストレスとなってきます。

(※ストレスについては、以下をご参照下さい)

この自動的につながってしまっているプロセスにアプローチしていくのがマインドフルネスです。

マインドフルネス瞑想法の基本的な7つの態度

  1. 自分で評価をくださない
  2. 忍耐強く
  3. 初心を忘れない
  4. 自分を信じる
  5. むやみに努力しない
  6. 受け入れる
  7. とらわれない

1.自分で評価をくださない

常に偏見のない第3者の目で自分の心を観察します。いわゆる客観視をするということです。自分の心を観察していると、物事に対して常に判断を下し、反応している自分に気づくことができます。判断し、反応している自分に気づけば、自分が評価を下そうとしていることを認識でき、観察者の立場でその状況を観察することに努めます。

自分の心の傾向や拘りから、外部環境に対してレッテルを貼り、分類している自分自身を知ることが求められます。

2.忍耐強く

観察をはじめてもなかなか客観的に観察することが難しいかもしれません。時には良き指導者に教えを請う必要があるでしょう。しかし、そんな状況でも焦らず、忍耐強く続けることが必要です。物事はそれなりの時間の経過が必要だということをよく理解し、自分から生まれた感情をも受け入れることが求められます。

(※指導者を慎重に選ぶ重要性については、以下をご参照下さい)

3.初心を忘れない

今の一つ一つの瞬間に、かけがいのない可能性が秘められています。

常に新しい現実が刺激として、自分に迫ってきます。

しかし、人間は無意識に近い速度でまず情報を処理をしようとします。既知の知識によって勝手に判断をするのではなく、あらゆる事柄を、初めて見たとき同じように受け止めることが求められてきます。

「兵法の道における心の持ち方」は、平常の心と変わってはならない。つねのときも、合戦のときも、少しも変わらず、広い視野から真実を見極め、緊張しすぎず、少しもだらけず、心が片よらぬように真ん中に置き、心を静かにゆるがせて、そのゆるぎが一瞬もとまらぬよう、常に流動自在な心の状態を保つことに、意を用いねばならない。
体が静止しているときでも心は静止せず、敏捷に行動するときも心は平常を保ち、心は体の動きにひきずられず、体は心にひきずられることなく、心に気をくばり、体には気をとられず、心を十分に充実させて、余計なことに気を奪われないことである。表面的なことに促われず、根底の精神は強く、心のそこを見ぬかれないようにする。

五輪書:水の巻より

4.自分を信じる

外部からの刺激を感じとり、心や理智に伝える役目をする意思/マナスを通して知覚します。その自分自身の心の声に耳を傾けて聴き取り、自分という存在を信じることが求められます。

5.むやみに努力しない

一瞬一瞬の変化や事柄に注意を集中して受け入れ、忍耐強く、規則正しく取り組んでいけば、ゴールは自ずと近づいてきます。アシュタンガ・ヨーガにおいても同様な教えがあります。

(※禁止事項であるヤマの実践については、以下をご参照下さい)

(※勧戒事項であるニヤマの実践については、以下をご参照下さい)

体の小さいものは、体の大きい者の状態をよく知り、体の大きい者は、体の小さい者の状態をよく知って、大きい者も小さい者も、心を真っすぐにして、自分自身の条件に捉われないようにすることが大切である。
 濁りのない、広い心で、大局的にものを考えるべきである。知識も精神も、ひたすら磨くことが大切である。知識を深め、天下の正、不正をわきまえ、ものごとの善悪を知り、様々な芸能の道を体験し、世間の人に少しもだまされないようになって後、初めて合戦の場合に正しい判断ができるようになる。とくに合戦の際の判断力を養うということは、他のことと違って特別の修練が必要である。戦場にあってすべてに忙しい状態の中でも、たえず兵法の道理をきわめ、平静な心を保つように、よくよく修行すべきである。

五輪書:水の巻より

6.受け入れる

物事をあるがままに観察し、自己流の判断、欲求、不安感や偏見などをせずに受け入れる。現実に基づき、把握している自分を受け入れる。

7.とらわれない

自分の体験を評価、解釈、判断しているということに気がついたら、その判断自体にはこだわらないで、手放すことです。評価したことを認めるにしても、それ以上の深追いはやめ、手放すように意識して実施します。

まとめ

  • マインドフルネスは客観視する心のモード/エクササイズ
  • マインドフルネス=心の傷に貼る絆創膏
  • 心構えは、アシュタンガ・ヨガに類似する
  • 人間五蔵説での意思鞘へのアプローチにあたる
  • 根本的な解決には、理想像/目的を知る必要性がある